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任意売却

人生、一瞬先は闇だし、地獄です!

昨日までは何でもなかったのに、朝、出勤したら地獄を見ました!

私は、2005年に6,500万円の新築マンションを、頭金950万円で購入をしました。
月々の返済金額は均等返済で、約21万円でした。それ程遠くない将来に、もっと大きなマンションを購入するつもりでおりましたので、最初はこんなものかなというレベルでの購入でした。

私の仕事は米国系不動産会社の日本法人の営業をしておりました。 業務は、外国企業が日本で会社を開設する際の総合的なコンサルタントでした。その中でも事務所スペースのレンタルが大きな収入源でした。

私は、この不動産会社が米国より東京に会社を設立した直後に留学先のサンフランシスコで面接を受けて採用となり東京へ帰って来ました。 私が入社した時代は、業績も緩やかではありましたが、右肩上がりのグラフを示しておりました。 入社した最初の年の年収が700万円、次の年が800万円、3年目が900万円と年毎に100万円づつ昇級して行きました。 昇級というよりはコミッション制でしたの契約本数により収入は上下しました。 ですが、幸いに新規開拓も順調に行っておりましたので収入も上がっておりました。

そんな中、私は有頂天でマンションを購入しました。ところが、例の米国のサブプライムが発生です。 当然、米国の本社は大打撃を受けて土台骨がグラグラの状態です。しかし日本事業部は黒字でしたので関係無いはと高をくくっておりました。 しかし現実は違っておりました。それから徐々に、売り上げが減少して行ったのです。サブプライム問題は世界的に影響を及ぼし始めたのです。 日本へ会社を設立する外国企業が激減し出したのです。既に日本国内に会社を構えている外資系が日本から撤退し出したことも影響がで始まりました。

それに伴い、私の収入も激減し始まったのです。その時点ではまだ、なんとかなるわ程度にしか考えておりませんでした。 ところが、朝、出社をした瞬間に、上司より、日本の事業部を閉鎖。 2名の米国人社員を残し全員解雇を言い渡されてしまったのです。

この時の私の収入は700万円まで下がっておりました。しかし、この時点ではまだ住宅ローン・車のローン等の滞納は未だ起こしておりませんでした。

そして早速、ハローワークおよびリクルートなどのジョブサイトへの登録をし、仕事探しを始めました。 当然、米国のジョブサイトにも登録をし、最悪、米国へ家族で移住も視野に入れての就職活動です。

この頃は、大手・老舗の不動産会社が毎日のようにバッタバッタと倒産していました。 そんな状況下で、不動産業界での再就職はほぼ不可能でした。

私的にはかなり条件を下げて、やっと得た仕事での給料が月約42万円です。これでは当然ローンを返済して親子4人ではやっていける筈も無く、住宅ローン・車のローンの返済に滞納を起こし始めました。 銀行からたびたび催促の電話が入るようになりました。

子供の教育環境だけは守って上げたかったので、それを最優先に考え行動をしました。車は処分、伊豆下田の別荘などは二束三文で処分、 ゴルフの会員権なども当然処分、持っていた株なども現金に換えました。そして、その現金を住宅ローン返済にあてておりましたが、限界が見えて来たので、 元の同僚が始め不動産会社で任意売却もやっていると言うので、相談をしました。

滞納2回で任意売却を決断するというのは、早い決断のようです。 でも、販売時期が早ければ早いほど高値で売れる可能性も有り、また債権者にとっても債務者にとっても、業者さんにとってもやりやすいとのこと。

そして、結果、私は築20年のマンションへ家賃11万円、任意売却後の残債の返済に月2万円、合計13万円で住居が確保出来るようになったので非常に楽になりました。 私の奥さんは近所のビジネスホテルのフロントでパートとして働いてもらっています。

私の場合、チョット給料が高かったようで、任意売却後の残債の返済額で少々問題が有ったようですが、元同僚が粘りの交渉をみせてくれて、大事には至りませんでした。 物件も債権者の考えていた額よりも少しだけ高く売れたので、引越代も当初言われていた額より多く認めてもらえました。人生、一寸先はどうなるか解りません!

転職も、一瞬先は闇だし、地獄です!

ヘッドハンティングで人生が変わった

英国で3本の指に入る不動産会社の日本法人の住宅の仲介部門へ私がヘッドハンティングされました。

私の上司にあたる人からの誘いです。 その上司が住宅部門の統括責任者でもありました。

お店は自由が丘の駅前です。 小さいですがビルを1棟借りての不動産会社を営業しておりました。 その当時、私は横浜の田園都市沿線でかなりの売り上げを上げている営業マンでした。

地主さんを説得してマンションを建ててもらって、そのマンションの販売を任せてもらえたり。 土地を仕入れてその土地をデベロッパーに転売、そして完成した住宅の販売を任せてもらったりの営業でかなりの売り上げを上げていました。 田園都市線沿線で高木という私の名前を知らない不動産業者はいませんでした。 その当時の私の年収は1,100万円~1,600万円の間でした。

自由が丘の不動産会社の福間さんという方からヘッドハントされた理由は、私の営業手腕で会社を建て直して欲しいという強い強い説得によるのもでした。

年収はいきなり1,000万円は出せないが、1年後には1,000万円を超える年収は約束するというものでした。

外資系不動産という魅力と、支店を日本全国に展開していくという方針の魅力。 しかし、収入が一時的にせよ大幅に減るという事実の間で悩みました。

しかし、私の下に部下が約30人付くのです。 その部下達の売り上げの一部が私へコミッションとして還元されて来るシステムです。 少なく見積もっても900万円位の年収は確保出来るとのことで、この福間さんに押し切られ、私は入社しました。

入社して3ヶ月は優秀な営業マン集めに奔走しました。 半年はアッと言う間に過ぎ去りました。

ところが、私の知らない所でこの不動産会社の屋台骨を揺さぶる事態が起きていたのです。 福間という統括部長と、英国から派遣されてされているジェームスという人物とアジア地域を統括する人物とで、私が所属する不動産会社を取り合いをしていたのです。

会社の方針は朝令暮改です。 また、営業マンも、これら3人の上層部が、それぞれ自分の息のかかった人材を押し込んで来るので大変なことになっておりました。

1億円・2億円の一戸建てを売るのに、それまで地方で2,000万円・3,000万円の一戸建てを扱っていたような人物が営業するのです。 売れる訳がない!

9ヶ月を過ぎたころから、1日に3回の営業会議が本部で有りました。 本部は六本木の例の有名なビルの一室です。 英国人の主催の会議、アジア地域責任者主催の会議そして、福間部長主催の営業会議。

こんな会社が長続きする訳がないでしょう~。
私は1年2ヶ月目にこの会社を退職しました。 しかし辞めたはよいが、以前のような稼げる職場は有りません。

この頃になって、住宅ローンの返済がボディーブローのように効いてきました。 1月々の返済額が約30万円です。 私の年収は700万円に激減しておりました。

しかし、この700万円という稼ぎも維持出来ないような状態に陥ってしまったのです。 480万円が良いところです。

で、とうとう屈辱の住宅ローン返済の滞納が始まってしまったのです。 1,000万円稼いでいた私が480万円の稼ぎにまで落ちて、そしてローン滞納なんですよ! 悔しくて悔しくてです。

1,000万円稼いでいた当時は任意売却業者をセコイ仕事をしているなってバカにしていましたが、私の自宅を任意売却で処分してくれた時には凄いことが出来る人たちが居るのもだと驚きと感謝をしました。

私の嫁の父親が連帯保証人でした。 普通なら義理の父の資産にも被害が及ぶのですが、ここの方々の技なのか、義父には何ら被害が及びませんでした。

現在、私は月々6万円の返済を続けております。

人生、一瞬先は地獄です